2009年11月17日

ザビエルと日本人

ザビエルは日本人の資質を高く評価し、「今まで出会った異教徒の中でもっとも優れた国民」であるとみた。特に名誉心、貧困を恥としないことをほめ、優れたキリスト教徒になりうる資質が十分ある人々であるとみていた。これは当時のヨーロッパ人の日本観から考えると驚くべき高評価である。同時にザビエルが驚いたことの一つは、キリスト教において重い罪とされていた男色(同性愛)が日本において公然と行われていたことであった。

布教は困難をきわめた。初期には通訳を務めたヤジロウのキリスト教知識のなさから、キリスト教の神を「大日」と訳して「大日を信じなさい」と説いたため、仏教の一派と勘違いされ、僧侶に歓待されたこともあった。ザビエルは誤りに気づくと「大日」の語をやめ、「デウス」というラテン語をそのまま用いるようになった。以後、キリシタンの間でキリスト教の神は「デウス」と呼ばれることになる。

1506年4月7日生まれのザビエルは、現在のスペインのナバラ地方、パンプローナに近いザビエル城で地方貴族の家に育った。彼は5人姉弟(兄2人、姉2人)の末っ子で、父はドン・フアン・デ・ヤス、母はドーニャ・マリア・デ・アスピルクエタという名前であった。父はナバラ王フアン3世(フランス貴族アルブレ家の出である)の信頼厚い家臣として宰相を務め、フランシスコが誕生した頃、すでに60歳を過ぎていた。ナバラ王国は小国ながらも独立を保ってきたが、フランスとスペイン(カスティーリャ=アラゴン)の紛争地になり、1515年についにスペインに併合される。父フアンはこの激動の中で世を去った。その後、ザビエルの一族はバスク人とスペイン、フランスの間での複雑な争いに翻弄されることになる。

1525年、19歳で名門パリ大学に留学。聖バルバラ学院に入り、そこで自由学芸を修め、哲学を学んでいるときに同室になったのがフランス出身の若きピエール・ファーヴルであった。そこに同じバスクから来た37歳の転校生イニゴ(イグナチオ・デ・ロヨラ)も加わる。イニゴはパンプローナの戦いで片足の自由を失い傷痍軍人として故郷のロヨラ城で療養の後、スペインのアルカラの大学を経てパリ大学モンテーギュ学院で学んでいた。1529年、ザビエルの母が死亡。その4年後、ガンディアの女子修道院長だった姉も亡くなる。この時期ザビエルは哲学コースの最後の課程に入っていたが、イグナチオから強い影響を受け、聖職者を志すことになる。イグナチオの感化を受けた青年たちが集まり、1534年8月15日、イグナチオ、ザビエル、ファーブルとシモン・ロドリゲス、ディエゴ・ライネス、ニコラス・ボバディリャ、アルフォンソ・サルメロンの七人が、モンマルトルの聖堂において神に生涯を捧げるという誓いを立てた。これが「モンマルトルの誓い」である。一同は教皇パウルス3世の知遇を得て、叙階許可を与えられたので、1537年6月、ヴェネツィアの教会でビンセンテ・ニグサンティ司教によって、ザビエルもイグナチオらと共に司祭に叙階された。彼らはエルサレム巡礼の誓いを立てていたが、国際情勢の悪化で果たせなかった。


『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
フランシスコ・ザビエルの肖像はとても有名ですよね。

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2008年04月08日

高等教育を

私は受けてません!

高等教育(こうとうきょういく)とは、中等教育より上位に位置する、学位やそれに準ずる称号を授与する教育機関。具体的には、大学・短期大学・高等専門学校など。

概要
高等教育に定まった定義は無いが、教育課程を初等教育・中等教育・高等教育の3つに分類したうちの最上位の教育課程を指すのが、日本でも海外でも一般的である。つまり、高等教育とは、中等教育を終えた者又はそれと同等と見なされた者が学問・専門技能などをさらに深く学ぶとともに、それらの理論や実践について研究し、社会へその成果を還元するものである。これらに含まれる学校には、大学・短期大学・高等専門学校・その他の教育施設があり、教育機関の中でも学位又はそれに準ずる称号を授与する権限を持つ点に最大の特徴がある。

突然ですが、デリヘルと言えば?
やっぱり大塚鶯谷品川新宿池袋町田立川赤坂東京エリア大網羅!!!

高等教育は時代や地域によっては、将来の国家を担うエリート養成という役割と直結している。一方、近年、高等教育は個人の能力に応じ、全ての者に等しく開放されなければならないと言われるようになってきており、高等教育の進学率は上昇傾向にある。現在の先進国では、高等教育進学率が50%前後の国も少なくない。

発展途上国では、母国語による高等教育が困難であることを理由に、英語やフランス語などの外国語を使用しているケースが多く見られる。

ちなみに保証人サイトもちょっとだけ紹介します!

各学校種の意義は時代、地域によってそれぞれだが、高等教育の目指すものの内容についても議論が行なわれている。ユネスコ高等教育世界宣言(1998年、パリ)。
(以上、ウィキペディアより引用)

みなさんは受けました?